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マズロー再考(Rethinking “Maslow’s hierarchy of needs”)

 スピノザに倣って、「欲望」とは「自己肯定の衝動(Conatus)」が「意識が伴う」ことによって顕在化されるもの、とするなら、
マズローの欲求段階説の各階層は、欲望の「認識され易さ」によって順位付けの妥当性を獲得したもの、と理解することができる。
 スピノザが洞察した通り、Conatusはあらゆる欲望を隔てなく後押しする「目的なき自己肯定の衝動」であるとすれば、
「個体生命の存続」、「個体の社会性」、「個体の自立(自己実現)」は、人間の実存レベルからそれぞれが独立にConatusによって突き動かされている、と考えても良いだろう。
 すなわち、階層の頂点に位置するとされる「自己実現状態」でさえ、
必ずしも「個体生命の存続」や「個体の社会性」が満たされて初めてそこに達するばかりではない(それぞれの欲求は、独立して満たされうる)、
との見方も成立するのではないか。
 その構図をくっきりと示してみよう。
 Maslow_Rethinking
 この図式では、さらに、「個体生命の存続」(肉体的欲求)と「個体の社会性」(他者の存在に根ざした精神的欲求)をビジブル、
Conatusから「個体の自立志向性」(自己実現欲求)に至る道をインビジブル、と対比している。
 前者が可視化されやすいのは、欲望実現の構造が外部依存/外部化しているためであり、
後者の連結を内面化(インビジブル化)して示したのは、「自己実現」が「自己滅却的 most self-forgetful な志向性」を持つとのマズローの示唆と整合する。
 このような再解釈は、資本主義社会の発展に伴って経営学的傾斜を強めてきたマズローの説を、本来の心理学的洞察に読み戻すものとはいえまいか?