ここから本文です

スタッフブログ

田能村竹田の量子屏風図

まるでビスマスの結晶のような岩山だ。それが顕微鏡写真ではなく岩であることは、右下の三人(二人ではなく、右端にもう一人、高笑いしている人物が霞んでいる)や、木々の存在で辛うじて分かる。

01
もし岩山が金属結晶ならば人物サイズはナノレベルで、彼らは不確定性原理の中にいることになる。

この絵の作者は田能村竹田、タイトルは「高客聴琴図屏風」(1822/大分県立美術館)。だとすると、この三人は「高客」。けれど、聴琴?。琴の音はどこから?ならば、この一幅の水墨の全体をお見せしよう。幅4m、縦1.7m。

02
三人から目を右方向に移動させると、すぐ右の木の下で小僧さんが茶を沸かしている。見えるかな?その左上辺りには鶴が描かれているのだが、この写真の解像度はそこまで及ばない、ご容赦。

さらに、木々を越えて、右方向に進むと、

03
浜辺から二人の人物がゆっくりと、高客たちが歓談している左方向に歩き始めている。

05

よく見ると、後続の小人が何か抱えているように見える。これが実は琴なのです。つまり、この時点では、琴は未だ奏でられていない。

ゆえに、この絵、正確には「高客聴琴-前図」なのだ。しかし、画面左の三人の高客たちは、琴とその弾き手が登場するまえから、明らかに琴の音を愉しんでいる風に描かれている。

06
んっ?時間さえ、その序列は不確定なのか、ナノサイズの量子の世界では。

いや待てよ。もしや、お琴奏者は画中左右二箇所に同時に存在しているとしたら。琴を抱えてきた小僧さんは左画面の木の下では茶を沸かし、客は三人ではなく二人で、残り一人は琴を弾き終えた奏者が加わって三人親しく歓談しているのかも。そして、小僧さんは茶のための湯を沸かしているのはなくて、もしかしたら黒じょかでお酒を温めているのか。

たのむらちくでん、おそるべし。

02