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スタッフブログ

夏の救援隊

新天地で不意の困難に見舞われたマー君が、静かに、けれども、すっくと立ち向かっている姿に、飛行士でもあったサン=テグジュペリが書き綴った「人間の土地」の、一度読んだら決して忘れられない、あのシーンを思い出した。

作中、飛行士は同乗者のプレヴォーとともにサハラ砂漠の真只中に不時着、そして「遭難」。
生きる望みがほぼ絶たれ、プレヴォーは膝を抱えて涙している。飛行士が慰めると彼が呟く:
「ぼくが泣いているのは自分のことなんかじゃないよ」

そのとき飛行士の胸を貫いた閃光は:

「我慢しろ・・・ぼくらが駆けつけてやる!・・・
ぼくらのほうから駆けつけてやる!ぼくらこそは、救援隊だ!」

(「このまま自分たちが死んでしまったら悲嘆の底に落ちてしまうだろう友人たちや家族」の未来を救えるのは、今の自分たちだけだったのだ)

マー君の肘の話を聞いた時の僕の最初の感想は、「酷使されたからなあ、あっちは中5日なんて守ってくれないからな。たぶん完治は無理だろうなあ、結局は松坂みたいなことになってしまうのかな。いい投手が大リーグに行くのはやっぱり考えものだなあ・・・」というようなもの。マー君の気持ちに同情しているようで、実は、ほとんど「自分の情報受身型大衆的側面が落胆している」だけの気分に染められていた。

そこに、あの完治に向けた意思表示とファンの落胆を救うメッセージ(/I want to apologize/I accept/but I promise/)だ。

I want to apologize to the Yankees organization, my teammates and our fans for not being able to help during this time.  I accept this injury as a challenge, but I promise to do everything I can to overcome this setback and return to the mound as soon as possible.

たった数行のメッセージだけれど、読んだあと、本当に「救われた」、うそみたいに。「自分の落胆を当事者への同情の文脈で置き換えるような」先の僕の反応などとは雲泥の差の「魂の涼しさ」によって。彼は、自分を応援する者たちを、彼らの「無責任な落胆」から救い出してくれたのだ。

“the next several weeks”—この夏いっぱい、マー君の奮闘(夏の救援隊)が続けられる。
そして秋には:

マー君、カムバック!