ここから本文です

スタッフブログ

Meticulous Attention!

おもてなし精神を薬師丸ひろ子の「夢の途中」のメロディにのせて定義してみると・・・

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

♪ おもてなしはサービスのパフォーマンスじゃなくて

♪ コトの本質の遥かなパースペクティブ

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

字余りでしたなあ・・・ともあれ:

おもてなしの基本には “Meticulous Attention”(細かな気配りや注意深さ)があって、実は、これは、お客様の「今の気持ち」を深く見通すばかりでななく、サービスのその先に拓かれるであろうお客様の「未来の喜び」をそっと見据えてそこへ優しく誘引していく一連の真面目さなのだ。

最近の産業論では、例えば、日本のクルマづくりが「おもてなしスタイル」(いわゆるクローズド・インテグラル)であって、至れり尽くせりは良いけれど、その閉鎖性ゆえ停滞しがちで、グローバルな(すなわちオープン・モジュラーな)ものづくりスタイルに太刀打ちできなくなっている・・・みたいな見方もあって、それはそれで本質の一面ではあるのだが、それは結局のところ、コスト競争か上前を撥ねるだけのビジネスになりがちで、そうした場合、「技術」の生きる道は、低コスト化実現の下僕となるかクラウディーな集金マシンのツールになるかに絞り込まれていくようで、なんだか息苦しい。

本当に「技術の本質部分」に自信があるなら(すなわちそれが人々を幸せにするパースペクティブを内在しているなら)、自分の土俵で「オープン・インテグラル」にやれないものか。それは誰にでも/どの国でも出来ることではない。できるとすれば、Meticulousなおもてなし精神を働かすことのできる我々日本人なのではないか・・・・

・・・と、まあ、こんな取り止めのないことを思うキッカケになったのは、まる2年前の『現代化学』(2011年10月号)に掲載されている東大の藤井克司と理研の中村振一郎の『半導体で人工光合成に挑む』を再読したからだ。

正直に告白すれば、僕の眼は節穴でした。この論説の”Meticulousなパースペクティブ”に気づきませんでした。あまりにも心優しい導入部分に気を緩めすぎて、連れて行かれる先の夢の大きさを完全に見くびってしまっていた。以下、この総説のアパランスをご紹介して、罪滅ぼし!

この総説には、コラムと用語解説が一つずつ、図面が六つ。

コラムではフェルミ準位や波動関数、用語解説では半導体の直接・間接の遷移の由来と光励起された半導体界面のエネルギー障壁と物質(金属や分子)の関わり方について、「まるで半導体の界面や量子井戸の眼で」周囲を動く電子や正孔さらにそれに引き寄せられる分子の動きを描き出して、我々の目玉を覆ういくつもの鱗を剥ぎ取ってみせる。

六つの図面の方は、まるで「紙芝居」のよう。図のキャプションを注意深く読みながら、一つひとつの図面を丹念に読み込み、読み継いでいくと、一つの物語が(つまりは筆者らの夢の途中もゴールも)わかるような丁寧な仕上がりになっている。

行き着いた先のビジュアルはこれ↓
松明で見境なく周囲を焼き尽くすのではなく狙った獲物だけを百発百中のトンネル効果ライフルで仕留めていく仕組み。

そして終章「道は遠いが暗くはない」へ。むつかしい文脈は飛ばして結語だけを見てみよう。曰く:

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

これらの問題点が逐次解決され

真に光から化学エネルギーへの変換が実現される日が来ること

それを筆者らは楽観していると表明して本稿を終わることにしよう。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

どうです! “Meticulous Attention”(細かな気配りや注意深さ)で未来を見通すことの爽やかさは! 闇雲な野望などとは質が違うでせう。~「なんと気持ちのいい連中だろう」~

冒頭が映画の主題歌のもじりだったので最後も銀幕系で締めることに。そう、これは宮崎アニメ「カリオストロの城」で国際的贋金造りの大捕物が終わって、ルパンの仲間や銭形以下の埼玉県警の面々がクラリスの国から去っていく姿を静かに見つめながら、庭師の老人がつぶいた台詞。クラリスから”泥棒さん””おじさま”と呼ばれるルパンの中の”Meticulous Attention”の現れ先をルパン本人は”泥棒の天才性”に限定していたし今後もそうすると改めて決意するのだが、クラリスの瞳の前では少しだけ揺らぎましたねwww