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スタッフブログ

多分烏賊と風立ちぬと食物連鎖

Sさんのブログ奨励メールにおされ落語でいう三題噺にのせてお店の紹介をまたひとつします。

日本が40度を記録した週末、その暑さを実感しようと伊都の海に出かけることにしました。伊都は魏志倭人伝の「伊都国」で正規の地図上にはなく今の糸島市あたりをさすようですが、「九大伊都キャンパス」のように地元ではこの愛称がよく使われるようです。ちょうど九大学研都市駅で、学生さん達がBBQの道具を持って乗り込んで来たので、穴場を知っているかもと彼らの後をついて行く事にしました。

福吉という背後に高い山々が迫る駅で彼らは降ります。海と思しき方角へ歩いて行くのでその後をついていくと松林の下の木陰に長い石垣が見えます。その石垣にたどりつくと、、、青い空と境界のない青い海とまぶしいばかりの白い砂浜が、ぱあっと視界に広がってきました。暑いせいか穴場なのかその広大な砂浜には家族連れが二組しかいません。彼らは何かのサークルなのか野郎ばかりでしたが水着の仲間数人と合流し早速BBQの準備を始めます。僕はポカリを飲みながらじりじりと照りつける日の下の海辺をしばらく歩く事にしました。 ここで烏賊、多分烏賊、と出会います。

打ち上げられたばかりなんでしょうか、なんとまだ息をしています。海藻のような黒い足が少しグロテスクなのですがピクピクと動いてつぶらな目でまだ生きよう生きようとしています。ふとここで、前の週にK氏からもらったメールを想い出しました。今流行の映画の題名に関する話です。戦後、堀辰雄が書いた小説「風立ちぬ」は、ヴァレリーの「海辺の墓地」の詩句「風立ちぬ、いざ生きめやも」から取っています。その主人公は恋人の不治の病の看病で山の療養所に来ております。僕は大学のだるい夏休み、買って読んだのですが軟弱なけだるい結核小説だなと思って「それっきりの作品でした」とK氏に返したら返信で、「記憶をたどるとこんな感じだったと思います」の後に以下の文があり目がさめました!

、、、主人公は病弱なインテリで、郊外の山小屋のようなところに住んでいる。あまり出歩かないタイプのようだけれど、その日は、暮れ方まで山の麓の 街に出ていて、さあ、帰ろうと、山を見上げると、自分の暮らしている山小屋の明かりがハッキリ見えた。こんなに遠くても家の明かりは届くものなんだなあ、などと思いながら山に帰る。

山小屋に着いて、ふと思いたって、二階に上がり、ベランダから庭を見下ろして驚く。家の明かりは、庭の半分ほどを照らしているのみで、それか ら先は、暗い森が闇に溶けている。はて、山の麓からは、あんなに遠くても、この家の明かりが見えていたのに不思議なことだ、と。

あっ、そうか、私には私が放つ光などたかが知れたものだと思えても、ほかの多くの人には、ちゃんと私の光が届いているのかも知れないぞ。あ あ、生きたい。生きて自分が生きた明かしを示したい、、、風立ちぬ、いざ、生きめやも、、、

気を失いそうな蒸し暑い海風でしたが、僕はまだ生きようとしているその烏賊、多分烏賊を、海に帰してやろうと思いました。ぶよぶよのその胴体を意を決して掴もうとすると、ザブンと大きな波が来てその波が海の中へ連れて行きました。ああよかった、とエメラルド色の海に目をやります、と、緑色の大きな魚が2匹、黒い大きな魚が1匹、計3匹がどこからともなくさっと現れ、なんとその烏賊、多分烏賊を突っつきながら沖へ沖へ引っ張っていくではありませんか。少し僕は呆然としました。3匹の魚たちに食べられる、、のでしょうか。もしかしたらその多分烏賊君は3匹のギャングに追われて命からがら海辺まで泳いできたのかもしれません。弱肉強食、食物連鎖、海辺の墓地 。。。

その夜、人間は食物連鎖の頂点にいて、まずは食べられる心配をする必要がない事を思い安堵して、旨い魚料理を出してくれるお店に行きました。「からコロ亭」といい、これもまた冒頭のSさんお奨めの店なのですが、住まいに近い姪浜で手頃な値段でなんでも料理してくれるとてもCozy(居心地のよい)なお店です。普段はボリュームのある日替わりを食べるのですが、この日はアラ炊きと刺盛定食を堪能しました、あの魚たちを思いながらですが。。。少しシュールですか?